1MQ会計とは何か?
MQ会計とは、西順一郎氏が提唱した管理会計の手法です。正式には「MQ会計表」や「戦略MQ会計」とも呼ばれます。
従来の損益計算書(PL)は、売上高から売上原価を引いて粗利を出し、そこから販管費を引いて営業利益を出す――という構造です。しかしPLでは、「1個あたりいくら儲かっているのか」「値引きしたら利益はどう変わるのか」が直感的に見えません。
MQ会計は、商品1個の売買に注目し、P(単価)、V(変動費)、M(粗利)、Q(数量)、F(固定費)、G(利益)という6つの要素で経営を可視化します。
MQ会計の6つの要素
- P(Price) ―― 販売単価。お客様に売る1個あたりの価格
- V(Variable Cost) ―― 変動費。仕入原価・送料・モール手数料など、1個売るごとにかかるコスト
- M(Margin) ―― 1個あたり粗利。M = P - V
- Q(Quantity) ―― 販売数量
- F(Fixed Cost) ―― 固定費。広告費・人件費・倉庫代など、売上に関係なくかかるコスト
- G(Gain) ―― 利益。G = MQ - F
この6つの要素の関係を理解するだけで、「売上を上げれば儲かる」という思い込みから脱却できます。
2PQとは?(売り上げ=P×Q)
PQとは、売上高のことです。Price(単価)× Quantity(数量)= 売上高。非常にシンプルな式です。
1個いくらで売るか
何個売れたか
合計いくら売れたか
EC運営者であれば、売上高は毎日チェックしているでしょう。しかし、ここに「PQの罠」があります。
たとえば、売上を増やしたいからといって値引きやクーポンでPを下げてQを増やす施策を打つことがあります。PQの数字(売上高)は確かに上がるかもしれません。しかし、P(単価)が下がった分だけM(1個あたり粗利)も下がっているのです。
PQの罠に注意
- 売上高(PQ)が増えても、利益(G)が増えるとは限らない
- 値引きでPを下げると、Mも同額だけ下がる(VはPを下げても変わらない)
- 「売上が上がった=成功」と判断するのは危険
- EC運営でよくある「セール疲れ」「クーポン依存」の正体はこれ
売上高だけを見て経営判断をしていると、「売れているのに儲からない」という状態に陥ります。MQ会計では、PQではなくMQ(粗利合計)を最重要指標として見ます。
3MQ会計の基本公式
MQ会計で使う公式は、たった4つです。どれも小学生の算数レベルですが、これだけで「値引きすべきか否か」「何個売れば黒字になるか」を即座に判断できます。
| 項目 | 公式 | 意味 |
|---|---|---|
| PQ(売上高) | P × Q |
単価 × 数量 = 合計売上 |
| VQ(変動費合計) | V × Q |
1個あたり変動費 × 数量 = 変動費の合計 |
| MQ(粗利合計) | M × Q = (P - V) × Q |
1個あたり粗利 × 数量 = 粗利の合計 |
| G(利益) | MQ - F |
粗利合計 - 固定費 = 最終利益 |
ポイントは、MQ(粗利合計)がF(固定費)を上回れば黒字、下回れば赤字というシンプルな構造です。
P × Q
V × Q
(P-V) × Q
従来のPLとの違い
従来のPLでは「売上高 - 売上原価 = 売上総利益」という見方をします。一見同じように見えますが、MQ会計には決定的な違いがあります。
- PLは「期間」で見る ―― 今月の売上がいくら、原価がいくら、利益がいくら。過去の結果を確認するもの
- MQ会計は「1個」で見る ―― 1個売るといくら儲かるか。だから「あと何個売れば黒字か」「値引きしたらどうなるか」をシミュレーションできる
この「1個あたり」の視点こそが、MQ会計の最大の強みです。
4PQの落とし穴 ― 売上が増えても利益が減るケース
ここで、具体的な数字を使ってPQの落とし穴を見てみましょう。ECの現場でよくある「値引きして売上を伸ばす」施策のシミュレーションです。
ケースA:通常価格で販売
- P(販売単価)= 1,000円
- V(変動費)= 500円(仕入原価 + モール手数料 + 送料など)
- M(1個あたり粗利)= 1,000 - 500 = 500円
- Q(販売数量)= 100個
ケースB:200円値引きして数量アップ
- P(販売単価)= 800円(200円値引き)
- V(変動費)= 500円(値引きしても変動費は変わらない)
- M(1個あたり粗利)= 800 - 500 = 300円
- Q(販売数量)= 150個(値引き効果で1.5倍に増加)
比較結果
| 項目 | ケースA(通常価格) | ケースB(200円値引き) | 差額 |
|---|---|---|---|
| P(単価) | 1,000円 | 800円 | -200円 |
| Q(数量) | 100個 | 150個 | +50個 |
| PQ(売上) | 100,000円 | 120,000円 | +20,000円 |
| M(1個あたり粗利) | 500円 | 300円 | -200円 |
| MQ(粗利合計) | 50,000円 | 45,000円 | -5,000円 |
これが「PQの落とし穴」
- 売上(PQ)は2万円増なのに、粗利(MQ)は5,000円減
- 売上だけ見れば「成功した施策」に見える。しかし利益は減っている
- さらにF(固定費)が同じ場合、G(利益)は確実に悪化する
- 発送作業の負荷も1.5倍に。人件費が増えればFも上がり、ダブルパンチになる
では、値引きで利益を維持するには何個売ればいいか?
MQ会計を使えば、「値引きした場合に同じ粗利を得るために必要な販売数量」を簡単に計算できます。
200円の値引き(20%オフ)で同じ利益を維持するには、販売数量を67%増やす必要がある。この数字を見れば、「20%オフセール」が本当に合理的かどうか、冷静に判断できるはずです。
5EC実務での活用ポイント
MQ会計の考え方をEC運営にどう活かすか。実務で使える3つのポイントを紹介します。
商品別M(1個あたり粗利)を常に把握する
EC運営では、多くの商品を扱っています。すべての商品を「売上」で並べ替えるのではなく、「M(1個あたり粗利)」で並べ替えてみることが重要です。
- Mが高い商品 ―― 利益の稼ぎ頭。広告費をかけてでもQを増やす価値がある
- Mが低い商品 ―― たくさん売っても利益にならない。値引き施策は厳禁
- Mがマイナスの商品 ―― 売れば売るほど赤字。すぐに価格見直しか販売停止を検討
商品別Mの計算で含めるべき変動費(V)
- 仕入原価 ―― 商品そのものの原価
- モール手数料 ―― 楽天・Amazon・Yahoo!などの販売手数料
- 決済手数料 ―― クレジットカードやコンビニ払いの手数料
- 送料(自社負担分) ―― 「送料無料」施策を行っている場合は変動費に含める
- 梱包資材費 ―― ダンボール・緩衝材など1個あたりのコスト
- ポイント原資 ―― モール側で付与するポイントの自社負担分
値引き・クーポン施策のシミュレーションにMQ会計を使う
セールやクーポンを実施する前に、MQ会計で「この施策で利益はどうなるか」を必ずシミュレーションしましょう。
確認すべきポイントは3つです。
- 値引き後のM(1個あたり粗利)はいくらになるか? ―― M = 値引き後P - V
- 現在のMQ(粗利合計)を維持するために必要なQは? ―― 必要Q = 現在のMQ ÷ 値引き後のM
- その販売数量は現実的に達成できるか? ―― 過去の実績や市場規模から判断
この3ステップを踏むだけで、「なんとなく20%オフ」「競合がセールしているから自社も」という根拠のない値引きを防げます。
F(固定費)の把握も忘れずに
MQ会計ではG(利益)= MQ - Fです。MQを改善しても、F(固定費)が膨らめば利益は残りません。
EC運営における主な固定費を把握しておきましょう。
| 固定費の項目 | 具体例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 広告費 | リスティング広告、モール内広告、SNS広告 | 売上に比例して増やしがちだが、MQとのバランスを見る |
| 人件費 | 受注処理、出荷作業、カスタマー対応のスタッフ | Q(数量)が増えると人手も必要になる |
| 倉庫・物流費 | 倉庫賃料、WMS利用料、基本料金部分 | 月額固定の部分と従量課金の部分を分けて管理する |
| システム利用料 | 受注管理ソフト、在庫管理システム、モール月額出店料 | 毎月定額でかかるコスト。積み上げると大きな金額になりやすい |
固定費で特に注意すべきポイント
- 「売上を増やすために広告費を増やす」のは、MQが十分にある場合のみ有効
- 値引きでQを増やすと、出荷作業の負荷(人件費)も増える。Fが上がれば利益はさらに減る
- MQ > F(粗利合計 > 固定費)が黒字の条件。この不等式を常に意識する
- Fを下げる努力(業務効率化・自動化)はMQに関係なく利益を改善する
MQ会計は難しい理論ではありません。P、V、M、Q、F、Gの6つの数字を把握し、施策のたびにシミュレーションする。これだけで、EC運営の意思決定の質は大きく変わります。
「売上を増やす」のではなく「MQ(粗利合計)を増やす」。この視点の切り替えが、利益の残るEC運営への第一歩です。